いのちある住まいを 家づくりの原動力は挑戦心 01

銀座の中心地に建つ別荘、ギャラリーの中に暮らすようなアートコレクターの家、 インド洋を望むスリランカの終の棲家といった、近年手掛けた建築にまつわるエピソードを交えながら、安藤忠雄氏が建築を手掛ける際の原動力、プロセスにおいて大切にしていること、想いをお話いただきました。「家は生き物」との安藤氏 の言葉が心に響きます。本誌をご覧の皆さまにも、ご自身の建てる家を愛しみ育てていただきたいと願います。

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敷地との対話から生まれた
銀座の別荘

場所の感覚を失うユニークな住まい

垂直型の住まいの顔となる最上階の空の庭

 「設計の依頼を引き受ける判断基準は?」とインタビューなどで聞かれることがあります。芸術家のような回答を期待されているのかもしれませんが、建築も社会的な経済行為の一つです。まずは、立地と規模、そしてプログラム(機能)。クライアントとの相性も考慮しながら、それが「仕事」として成り立つか、20人余りのスタッフを抱える組織のトップとして、理性的・合理的な決断を下さなければなりません。そんなに特別な「基準」があるわけではないのです。
 ただ、時折、そういった当たり前の思考プロセスを飛び越え、直感で走り出してしまうことがあります。それは「こんなところに、こんなものをつくるのか!」という敷地やプログラムに魅せられたときです。これまで手がけたもので一般に「変わっている」と言われる建物は、大抵そのような流れで始まった仕事ですね。それが特に「住宅」に多いのは、それがつくり手個人の思いが最も直截かつ純粋に表れる建築だからでしょう。例えば、2024年に完成した「銀座の別荘」です。
 密なコミュニケーションが要求される住宅で、いつでも現場に駆け付けられる距離感ではない東京の敷地を依頼されると(事務所は大阪にしかありませんから)、普通は身構えてしまいます。しかし、このときはクライアントが最初に発した「銀座に別荘」という一言にやられました(笑)。
 別荘といえば、普通は郊外や自然豊かな場所に建てるものをイメージします。それを銀座のような高密度の都市環境につくりたいというのですから。詳しい条件を聞く前に「おもしろい!つくりましょう!」と即答していました。
 住まい手はヨーロッパに住むアジア系の一家。彼らが日本を訪れる際に使用する「別荘」だといいます。敷地は東京都中央区銀座一丁目の一角にあり、間口約8.5m、奥行き約12mの土地。周囲には木造の家屋や小規模のオフィスビルが建ち並んでいます。典型的な都心部の「細長敷地」ですね。

 話を聞いた当初は、プライバシーを確保しながら中庭で光を取り入れる、コートハウスを垂直に伸ばしたようなイメージを心に描いていました。しかし、実際に現地を訪れると、道路を挟んで向かい側に高層集合住宅の公開空地があり、目の前に緑いっぱいの風景が広がっていたのです。この環境を最大限に活かすことができれば、「別荘」という非日常のハレの場のイメージに相応しい住まいができるだろうそう確信し、一気にアイディアが固まりました。やはり「建築」のはじまりは敷地との対話からです。
 建物は地下1階・地上6階の7階建て。地下と地上階をギャラリーとして、その上部階を住居とする構成です。2階が寝室、3階がリビング、4〜5階にラウンジと個室という具合に、垂直方向に機能を積み上げています。また、各階にはそれぞれ異なる位置や大きさの吹抜けを設け、それらの連続によって、一つの住まいとしての一体感を感じられるようにしました。
 そんな垂直型の住まいの顔となるのが、前面道路に面する南側のファサード(建物立面)です。まず道路に接する最前面に、特徴的な開口部を持つ緑化壁が地上から最上部まで立ち上がっています。この壁の背後には各階に半屋外のバルコニーがあり、上階に向かうほどバルコニーの奥行きが広がり、最上階では円形に抜けた屋根を持つ屋上庭園に到達します。この「空の庭」が、「銀座の別荘」のハイライトです。
 「空の庭」に立って前面を向くと、左右の壁で切り取られた街路沿いの高木の緑が目に飛び込んできます。クライアントは「ここに来ると、一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる」と興奮気味に語り、この場所での新しい暮らしを満喫しています。「別荘」と呼ぶに相応しい、遊び心に満ちた住まいが出来たように思います。

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