住宅密集地
だからこそ生まれた
“光の谷”を内包する家
一級建築士事務所 小川貴之建築デザイン
発想の転換から生まれた、
“谷”という非日常空間
傾斜したコンクリートの外壁が目を引くこの建物は、神奈川・東京を中心にRC住宅や木造住宅を手がけている「小川貴之建築デザイン」の代表・小川貴之氏のアトリエを兼ねた自邸である。
建物が立つのは川崎市の住宅街。中層の住宅が密集する地域で、住宅のセオリーである日当り、風通し、視線の抜けなどの良好な環境が得づらい難しい敷地である。設計段階で思案を重ねた末、外の環境を建物に取り入れるのではなく、建物内部に外部のような環境をつくることができないかという発想の転換に行き着いた。それが小さな谷という意味で名づけられたVALE(ベイル)である。
ベイルは地下1階から地上3階をつなぐ高さ10mの吹抜け空間。地下の石庭に佇み、自然光を感じながら階段をめぐり、最上階の天窓から空を望むという空間体験は、あたかも谷を想起させる。天窓から注ぐ光はもとより、家族の声、温かい空気、冷たい空気、視線、動線がベイルと呼ばれる空間に集まることで、建物の中心であると同時に生活の中心にもなっている。ネガティブな周辺環境を見事にポジティブな住空間に変換した設計である。
この建物の内部で特筆すべきことはガラスの多さだろう。1階は住宅とアトリエを仕切るパーティションとして、2階、3階は吹抜けに面した手摺として、地下は浴室と洗面の間仕切りとして使われている。フレームレスに納められた透明なガラスは、空間に広がりを持たせながら、程良い緊張感を生み出している。この強化ガラスは子供がぶつかっても容易に割れないという安全性も兼ね備え、都市の限られた住空間に奥行きを与える実用的で洗練されたデザインといえるだろう。
独創的なファサード(外観)は設計の際に30案以上の模型を作り、たどり着いたデザイン。道路斜線が厳しい場所であったことから天空率を活用し検討を重ね、結果的に斜線制限をまったく意識させない、すっきりとしたデザインになっている。2つの傾斜したコンクリートの外壁は見る角度によって建物の表情が違って見える。それが住宅街でも目を引く不思議な魅力につながっているのだろう。
さらに建物の内外のいたるところから緑が顔を覗かせている。天空率によって建物をセットバックした部分を活用して、様々な植栽を配し、都市における住まいと自然の共生を積極的に提案している。
小川氏は、大学卒業後に都内の設計事務所で10年ほど経験を積み、2016年に自身の事務所を開設。これまでに美術館、ホテル、駅舎、オフィスなど、大小様々なプロジェクトに携わってきた経験豊富な建築家。住宅は狭小住宅からラグジュアリーな別荘まで幅広く手掛けている。
「建築は、愉しく、ドラマチックに」をコンセプトにする小川貴之建築デザイン。クライアントの理想やこだわりを聞きながら、一緒に設計から完成までのプロセスを愉しみ、新しい住まいにドラマ=非日常の居場所をつくるのが私たちの仕事です、と小川氏は語る。果たして次はどんなドラマを描くのだろうか、想像は尽きない。
VALE / ベイル
敷地面積 | 61.14㎡ |
床面積 | 地下 31.75㎡ |
1階 | 33.39㎡ |
2階 | 31.67㎡ |
3階 | 29.26㎡ |
家族構成 | 4人家族 (父,母,子2人) |
構造 | 鉄筋コンクリート造 |
設計期間 | 2020年1月〜2020月10月 |
工事期間 | 2021年4月〜2022年3月 |
撮影 | 田邉杏佳 |
一級建築士事務所 小川貴之建築デザイン
Sustainable=持続可能であること、Primitive=原点を大切にすること、Wonder=ワクワクがあること、Special=特別であることの4つのデザイン・フィロソフィー(理念)を持って設計活動を行っている