

銀座の中心地に建つ別荘、ギャラリーの中に暮らすようなアートコレクターの家、 インド洋を望むスリランカの終の棲家といった、近年手掛けた建築にまつわるエピソードを交えながら、安藤忠雄氏が建築を手掛ける際の原動力、プロセスにおいて大切にしていること、想いをお話いただきました。「家は生き物」との安藤氏 の言葉が心に響きます。本誌をご覧の皆さまにも、ご自身の建てる家を愛しみ育てていただきたいと願います。
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大らかな海景を生活空間の中心に
インド洋を望むスリランカの家

「スリランカの住宅」は名前の通り、インド洋に浮かぶ島国、スリランカの南端につくった、海を見下ろす崖の上に建つ住宅です。依頼を受けたのは2004年。ちょうど80年代からの内戦が激化していた時です。日本から遠く離れた戦火の国で仕事が出来るのか︱迷いましたが、わざわざ日本まで足を運んで、直に思いを伝えてくれたクライアント夫妻の熱意に押され、覚悟を決めました。実は夫妻はベルギー出身なんです。夫はスリランカでグローバルに製造業を営む実業家、妻はアーティストで、彼女が私を推してくれたと聞いています。ベルギーの方が、スリランカにつくる家を、日本の建築家に依頼する。改めてグローバル化した世界を実感しました。
スリランカの風土と文化、人々をこよなく愛する夫妻が求めたのは、妻のアトリエを備えた、終の棲家でした。彼らがそれまで住んでいたのはコロンボにあるジェフリー・バワ設計の住宅だといいます。バワは、いわゆるトロピカル・モダニズムの第一人者として知られるスリランカ出身の建築家です。ただ「キレイ」だとか「住みやすい」とかいったことではない、新たな住まいに対する夫妻の期待の大きさを思い、緊張感をもって設計に臨みました。テーマは、常夏の風土に相応しい、心地よい影が感じられる住空間とすること、その上で三方が海と空に向かって開かれた立地ならではの、大らかな海景を生活空間の中心に据えること、この2点です。



建物は、屋外階段を挟んで並列する二棟の住居エリアと、その海側の一棟から角度を違えて突き出すアトリエ棟とダイニング棟、大きくこの三つのブロックに分かれます。延床にして約800坪、一般的な住宅のイメージとはかけ離れたスケールです。住居部分は、随所に半屋外のテラスを挟みながら、地上をパブリック、2階をプライベートとして、その上下を緩やかな屋外階段でつなぎました。アトリエ棟は壁に挟まれた、奥行きの長い形状で、インド洋の絶景を切り取る端部の全面開口に向かって伸びていくような空間性が特徴です。そのアトリエ棟と45度の角度をなしてインド洋に突き出すダイニング棟の屋上は全面プールにしました。水面から連続する空と海の広がりを全身で感じられる、ここが住まいのハイライトです。
このプールと呼応するように、屋外階段の上を斜めに横断する屋根を架けたので、結果としてジグザグの屋根の隙間から光が落ちる、不思議な住空間が出来上がりました。住宅はたくさん設計していましたが、これほどの規模で「住まい」を考えたのは初めてで、その意味で大きな「挑戦」でしたね。場所とクライアントの個性をどこまで建築として表現できるか︱テーマ自体は、都心部の小住宅の設計と全く変わらないわけですが。
ちょうどスリランカの住宅完成から半年後に、内戦が終結しました。その喜びのニュースを伝えてくれた夫妻からの手紙の最後は「もうそろそろ、あなたが思い描いた理想の住宅が形になりそうです」という一文で締めくくられていました。設計依頼のため、大阪のアトリエを訪ねて来てくれた時、私が目指すべき住まいのイメージを「緑に包まれて、大地に息づく建築」と話していたんです。それが、スリランカならではの自然の生命力で、早くも実現しそうだと。添えられた写真には、青空のもと、逞しく繁った灌木が、コンクリートの壁を覆い隠すように広がる情景が写されていました。嬉しかったですね。